ここでまたちょっと、たわいもない他の話題になったが、原稿用紙2―3枚のインターバルを経て、再び「負け惜しみ」の話題に戻る。 《読者が負け惜しみと思う?これ、Nクンが思っていることでせう。

別にNクンの感想文を書くのではないので、そういうこと考えないほうがいいと思う。 誰だって、その程度しか思いません。
別に私の勝負学、読者に併せているのではありません。 また、誰にでも理解できたら、勝負学にはならないでせう。
勝負の基本は自分を隠すことです。 そして相手を読むことです。
ギャンブルの場合は、相手はいませんから、隠れてやること。 能書き言わない。
発表しないもの。 人とは違った考え方です。
これなら理解できなく当たり前。 何も分からないようにしているのですから。
一般の人は、犯罪者の心理すら読めないのですから、勝負師の心理など読めるわけがない。 ましてケンジロウの心理など・・。

麻雀でもそうです。 あの一発読み、誰にも分からないものです(その他、いろいろあります。
人に分からないことてだから面白い、価値がある、やる気になるのです。 さらにもっと重要なことは、こんな勝負をやっているのは、私だけですから、心理状態どころか、一般の人には状況すら分からないでせう。
まず、命をかけた勝負ということが(任され勝負とは、どういうことかさえも)前回のさすらいで、1年間それでめし食えていた。 トータル4年4ヶ月、これがあったから生きてこれたのです。
そして今回にしても、局長との勝負で、最初から3連敗でもしてみなさい。 すべて終わっているのです。
競馬本どころの話ではありません。 まして以前に、馬読みへの観念があったから(幻想ではないから)生きてこれたのです。
こういう心理、一般の人には逆立ちしたってわかりっこありません。 第一、本を書くなんてことがなければ、語ることもないでせう。
一番いいのは、テメエでやってみることです。 当たるか当たらないか・・。
命かけて、一発回答で当てられますか。 心理的なものが左右するのです。
いざとなったら、実力の100分のーも発揮できないでせう。 まして技術的なことになると、もうゼロですね。

それに、勝負学とか最大のボイントは別にして、これがネタでせう。 面白いのでせう。
じゃなかったら、ただの競馬マニュアル本でせう。 わからせようとすることないのです。
私自身の心理状態、勝負学を紹介するのですから。 ギャンブラーとはこういうこと考えているのか、と。
負け惜しみと言うような人は、まず本を買わないでせう。 こういうこと書かなかったら、何も書くことはないはずです。
競馬王の特集記事は、宣伝のためとNクンの都合があって本当のことは書けなかったが、あれでも「怒っている」が占めている。 ポイントでもある。
まさか、それは書けませんからネ。 普通はおだてやらすものだが、逆に足を引っ張ってましたからネ。

もちろん、怒った私も悪いが・・・・。 凡人にわかってたまるか、どころか読まれてたまるか!と思ってますからね。
顔にはケほども出しません。 ポーカーフェイスは訓練されてまずから。
負け惜しみなど、ガキの頃からハラにも思ったことがありません。 それどころか、ついてないなんて言葉もハラにも思ったことがない。
負けてもともととか、開き直るという言葉も理解できません。 第一、日記のは(馬読み日記のこと)確実に勝っているのに、結果的に負けているのです。
負け惜しみもクソもありません。 こと勝負に関しては、誰にも能書き言わせません。
第一人者だと思っています。 というより、勝負の申し子でした。
花札、ポーカー、麻雀は説明した通り、カネになりません。 競馬は乞食になって開眼したものです。
とっくに死んでおかしくない人間が、今も生きているのです。 負け惜しみとか、勝った負けたなんて、次元の低いものではないでしょう。

そんなものは、はるか昔に超越しています。 だから私が「負け」という字を書いただけで、アキバは自殺するんじゃないかと、カネを持って駆けつけてくれたくらいです。
ギャンブラーとは、。 とういうものかが分かっていない。
サラリーマンは、とにかく出勤しさえすれば給料がもらえる。 が、麻雀のメンバーは、仕事してさらに勝たなければ給料が入らない。
しかも、ハンデを背貨って打つのである。 メンバーは一番の麻雀のプロと言える。
が、メンバーはアウトができる。 オーバーになれば、ホール係の道が残されている。
また、麻雀で勝ち抜いていけるくらいなら、メンバーはやらないのである。 何と言っていいか、つまり、最低のメンバーでも一般人と比べると、それだけ生き抜いていくのが厳しいということを言いたいのである。
だから、そんな一般人に何が分かるか、である。 これがサクラ打ちとなると、アウトが効かない。
負けたら、ネタがなくなったら、クビである。 クビ=私の場合は、地獄、死である。
しかも、腕だけではどうにもならない麻雀、そして病気持ちの身体で5年8ヶ月続けてきたのである。 そしてさらに、一日一日に命、いや人生を賭ける勝負をしてきたのである。
一般の人が口を挟むことは、できないのである。 給料はゲーム代で半分なくなるのである。
つまり、元でも(対戦がチャラでも)、負けなくても、勝たなければ食っていけないのである。 私のギャンブルは、ゼロからのスタート。

負ければ地獄ではない。 勝たなければ地獄どころか、人生が終わるのである。
そしてもうひとつ、勝負の世界は1+1=2ではないのだ。 答えは何もないのだ。
勝つ方程式は何もないのである。 何も見えないのである。
答えが多少ある麻雀でも、心理的なものが大筋を左右する。 ましてやギャンブルにおいては、その何百倍もの心理的要素が強いし、しかも私の場合は、日記に書いてあるように人の勝負を請け負うのである。
つまり、心理的なものが倍増される(2人分ですからネ)。 ちょっとした,ァャで、すぐ地獄行きになるのだ。
これは読者に限らない。 Nクンもよくわかっていなかったと思う。
もちろん、テメエ1人の勝負なら、負けたら100%、テメエのせい。 技術の低さで負けたことになるーー中略――。

ーー負け惜しみ、そう言われるのではないかと思う方がおかしい。 仮に負け惜しみなら、それはそれでいいわけだ。
いくらでもウソ、ハッタリを書ける本なのだから。 ましてギャンブルもの。
当たった、儲かったと、いくらでも書ける本なのだ。 それをあえて、なぜそういうことを書くのかと。
気付かないかネ。 一般の人には分からないものだから、日記に書いたのである。
別にそれを負け惜しみと思っても、それはそれでいいのである。 別にその程度の人間は、その程度の器量なのだから。
こういうことが、勝負に影響してくると、勝負の大学院の講義をしているのだ。 小学生に分からないだけの話。

いくら「競馬本」でも、小学生にわかることなら、何も本なんて出す必要はない。 読む必要もないわけだから。
昔、名古屋の麻雀教室のヤツが、講義を受けた翌日「本に書いてあることを教えているんですね」と、カネ返してくれと言いに来たバカがいた。 こんなバカは別にしても、そう、バカにもわかることを書いても仕方ないのです。
負け惜しみの件。 仮に本当に負け惜しみでもいいわけだ。
ギャンブラーは。

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